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- ブナを植える会とは?
鉢伏山、氷ノ山をこよなく愛してこの山域のパイオニアであった10名の出男たちがスキー行を楽しんでいた所に雪崩が襲った。
3名が埋まり2名はメンバーに無事救助されたがリーダーの津田周二氏の実弟の津田節三氏は懸命の救助活動も空しく不帰ぬ人となった。
時に昭和5年2月10日であった。
その後現地に慰霊の十年架が建立された。
以後、安全登山のシンボルとして鉢伏高原に登る人々を見守っていた。
そして約50年の星霜が経った。
1980年、第2代目の十字架が建立され、その時に津田周二さんの提案から「ブナを植えよう」という事が話し合われ、「ブナを植える会」が結成されました。ブナを植える会 会長 桑田 結

- ブナを植える会のみなさまのボランティア活動によりこんなにも豊かな自然が復元いたしました。
「ブナを植える会」設立当時の草原が十字架の周りは現在、こんなにも緑でいっぱいになっています。 

ブナを植える会
〒652-0884 神戸市兵庫区和田山通1丁目2番25-D-102 有限会社桑田製作所内 会長 桑田 結
TEL 090-3166-9785 / FAX 078-652-7625
メールアドレス buna@bunawouerukai.jp
現在会員220名 年会費4,000円 合計植樹12,458本
- 昭和55年5月3日
- 藤林佐太郎氏の女婿池田浩氏より十字架の横木が落ちているとの連絡。
津田氏に連絡した。 - 昭和55年5月10日
- 故津田節三氏の50回忌
- 小野照美氏のお世話で十字架は再建された。
「木を切るなといっても通用しない。逆に植えて行こう。」
津田周二氏の提案で設立総会が開催された。 - 昭和55年10月22日
- 設立総会
- 「金閣」24名出席。
初代会長に津田周二氏選出。
この間、兵庫県及び、地元自治体との交渉で植樹地の選定を進める。 - 昭和56年6月14日
- 第1回植樹会
- 鉢伏高原十字架周辺1000本植樹
- 昭和57年4月19日
- 津田会長逝去。(在2年)
山本吉之助氏会長に就任。 - 昭和57年5月30日
- 第2回植樹会
- 鉢伏山西尾根1000本植樹
- 昭和58年5月15日
- 第3回植樹会
- 鉢伏山東尾根500本植樹
- 昭和59年6月10日
- 第4回植樹会
- 関宮町奈良尾逆水地区500本植樹
- 昭和60年5月26日
- 第5回植樹会
- 美方町ニューおじろスキー場内500本植樹
- ※第6回植樹会~第52回植樹会は省略
- 昭和61年9月13日
- 山本会長逝去。(在4年)
- 昭和61年9月25日
- 多田繁次氏会長に就任。(在3年)
副会長に岸田孝蔵氏、片山英一氏就任。 - 平成元年10月1日
- 片山英一氏会長就任。(多田会長病気引退のため)
- 平成9年9月5日
- 片山会長逝去。(在8年)
- 平成9年10月15日
- 桑田結5代目会長就任~現在に至る。
- 平成16年 (社)国土緑化推進機構・理事長賞受賞(徳島県・全国植樹祭)
- 平成17年 兵庫県林業賞受賞
- 平成19年 環境大臣賞受賞(神戸市・六甲摩耶山) 自然公園で活動している団体として受賞
- 平成20年 緑綬褒章受賞 森林ボランティア団体として全国で初の受賞

任期:平成22年12月31日まで
| 顧問 | |||
|---|---|---|---|
| 大西 保 | 矢木 勉 | 宗賃 慶子 | 阪下 幸一 |
| 松井 光利 | |||
| 会長 | |||
|---|---|---|---|
| 桑田 結 | |||
| 副会長 | |||
|---|---|---|---|
| 長濃 良彦 | |||
| 事業部 | |||
|---|---|---|---|
| 長濃 良彦 | 霜越 哲哉 | 川上 喜利枝 | 小笠原 晋子 |
| 味村 初子 | 渡辺 嘉昭 | ||
| 総務部 | |||
|---|---|---|---|
| 小野 律子 | 小野原 由美子 | 岸本 敬子 | 中村 洋平 |
| 安井 愛子 | |||
| 監事 | |||
|---|---|---|---|
| 島田 雄作 | 井上 二郎 | ||
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